人形佐七捕物帳117
これが江戸流、明るい愛欲
「好色いもり酒」（横溝正史）
（「完本 人形佐七捕物帳七」）
春陽堂書店
毒入りいもり酒を飲んで
血を吐いた二組の男女。一方は
浪人･笹井小八郎の妻･浪江と
大店銭屋の主･万右衛門。
もう一方は小八郎その人と
万右衛門の娘･お組だった。
浪江は毒死するが、
他の三人は命を取り留める。
一体誰が何のため…。
お粂とご無沙汰だと判明した佐七に、
辰と豆六が惚れ薬である
｢いもりの黒焼き｣を進めたことから
始まる物語、その惚れ薬に毒薬を
混入した事件が起きたから一大事。
複雑な人間関係の中に
立ち現れた真実は？
人形佐七の名推理が光る好編です。
【捕物帳一一七｢好色いもり酒｣】
笹井小八郎
…他国から流れ着いた浪人。
主の妻･浪江と関係を持ち、出奔。
水も滴るいい男。
浪江
…小八郎の妻。小八郎より年上。美女。
銭屋万右衛門
…大店の主。精力絶倫。浪江にご執心。
お組
…万右衛門の娘。
何かを企んでいる様子。
荻野新三郎
…浪人。万右衛門と浪江の事件の
現場に居合わせる。医学の心得あり。
徳ノ市
…按摩。小金を貯め込んで高利貸しを
営む小悪党。万右衛門に頼まれて
｢いもりの黒焼き｣を購入、手渡す。
伴五郎
…大工の棟梁。
神崎甚五郎…八丁堀の与力。
辰･豆六…佐七の乾分。
お粂…佐七の女房。
佐七…人形佐七と呼ばれる御用聞き。
本作品の味わいどころ①
これが江戸流、明るい愛欲
笹井夫妻は国元で間違いを犯して
出奔した男女。
ところが江戸に来てみれば、
それぞれが別の相手と情交を結ぶという
何ともふしだら夫婦。
でも不思議と暗さは微塵もありません。
浪江と関係を持った末に
死にかけた万右衛門も、
事件解決後は懲りるどころか
ますます御盛ん。
それどころかどうやら佐七自身も
お粂に隠れて何やら、…と
何とも開放的で明るい愛欲の雰囲気が
描かれる本作品です。
それにしても、
別々の場所で毒を盛られた二組が、
笹井妻と銭屋父、
笹井夫と銭屋娘、
どうしてこうなる？と
いいたくなるような
摩訶不思議な組み合わせ。
しかもそれぞれの組み合わせの一方が
持参した｢いもりの黒焼き｣の中に
砒素が混入していたのですが、
それでは自らも自爆覚悟の毒盛りか？
この謎とエロスに満ちた設定が、
本作品の第一の味わいどころでしょう。
本作品の味わいどころ②
暗躍する小娘お組のねらいは？
笹井夫の相手が万右衛門妻であれば、
単なる夫婦交換ですが、
小娘お組であることが
さらに謎をつくっています。
そのお組自身が
小八郎を呼び寄せたのですが、
そこには何かねらいがあったことが
判明します。
そしてその影にはもう一人の浪人･
萩野新三郎の姿が。
お組は何を画策していたのか？
新三郎は一体何者なのか？
この謎と魅力に溢れた登場人物が、
本作品の第二の味わいどころなのです。
本作品の味わいどころ③
誰が毒を入れた？誰を殺そうとした？
誰が毒を入れたのか？
そして誰が誰を殺そうとしたのか？
そこには笹井夫妻の、
出奔に関わる事情、
それも｢仇討ち｣｢色｣｢金｣が
絡み合っているのです。
それらの謎を解き明かす
佐七の名推理こそ、
本作品の第三の味わいどころと
なっているのです。
さて、惚れ薬の｢いもりの黒焼き｣。
江戸時代には実在していて、
作品中にも現れる
｢四つ目屋｣なる媚薬店でのそれが、
もっとも効能あらたかだったのだとか。
ただし｢惚れる｣効果は
それほどでもなく、
もっぱら体力面での
効能に優れていたらしいのです。
つまりは単なる精力剤、
江戸の世のバイアグラといった
ところでしょうか。
なお、江戸時代にとどまらず、
現在でも製造･販売しているのだとか。
そういえばジブリアニメ
｢千と千尋の神隠し｣にも
登場していたはずです。
横溝正史作品でありながらも
暗くならない、
明るい愛欲の世界の本作品、
軽い気持ちでお一ついかがでしょうか。
〔｢完本 人形佐七捕物帳七｣
収録作品一覧〕
万歳かぞえ唄
好色いもり酒
ふたり後家
影右衛門
人魚の彫物
相撲の仇討
山吹薬師
春宵とんとんとん
からかさ榎
鬼の面
水芸三姉妹
彫物師の娘
女難剣難
万引き娘
蝶合戦
開かずの間
（2023.2.24）
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